デパイについて知っておくべき『10のコト』
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背番号など、デパイについてまだ知られていないコト


引用元:ムンド・デポルティーボ紙

El dorsal, el interrogante que falta por despejar sobre Depay


オランダ人FWのこれまでの背番号はバルサでグリーズマン、メッシ、デンベレ、ブライトバイテが着用している「7」、「9」、「10」、「11」

デンマーク人の番号を今夏に受け取る可能性が高い

もうみんながメンフィス・デパイの加入を知っている。彼の契約期間は2023年までの2年となり、数週間のハードな交渉により、契約解除金は5億ユーロとなった。そして同選手の入団発表はユーロが終わってからになる。だが、数ある中で知られていないことのひとつがバルサでの背番号だ。

PSVで初めてデビューした時に着たのは「22」、それから数年はそのままだったが、最後の年に「7」を着用した。マンチェスター・ユナイテッドと契約した時も「7」を着用。しかし、その後、リヨンに移籍した時には「9」、「11」、「17」を順番に着用し、もう一度「11」に戻り、次は「19」、そしてもう一度「11」、最終的には「10」に落ち着いた。

昨シーズンのブライトバイテの9番を着用することが予想されているが、バルサでは背番号の持ち主が非常にはっきりしている。同デンマーク人は移籍が濃厚な選手の一人だ。他の番号はもう持ち主が決まっているが、「11」はデンベレの去就次第で、「7」はもう1年残留するグリーズマン、そして「10」はみんなが残留を信じているメッシだ。

FCバルセロナのオフィシャルウェブサイトは昨日、新加入となった同選手を知る上で必要不可欠な10つの興味深いコトを公開した。

1、何の日に何が起きた?

メンフィス・デパイは1994年2月13日にオランダのモールドレヒトで生まれた。その日はバルサがサラゴサに6−3で負けた日。その試合でロナルド・クーマンは先発出場した。だが、その数ヶ月後、ヨハン・クライフが率いていたチームはリーグ制覇を成し遂げた。

2、デビューした日

2011年9月21日に国王杯VVSB戦でPSVの選手としてプロデビューを飾った。そこで初ゴールも記録。

3、クーマンとの興味深いデータ

エールディビジデビューはプロデビューの数ヶ月後だった、2012年2月26日に行われたその試合の相手は当時ロナルド・クーマンが率いていたフェイエノールトだった。

4、才能ある若手

21歳だった2015年にオランダ人最優秀タレント賞を受賞。元バルサのオランダ人選手らもその賞を受賞している。リチャード・ビチュヘ(1989)、マルク・オーフェルマルス(1992)、パトリック・クライファート(1995)。そして現バルサのフレンキー・デ・ヨングも2018年に受賞している。

5、ユニフォーム人気

2015年にスポーツウェアを販売している専門サイト「Kitbag」が集計した最もユニフォーム売れた3人にレオ・メッシ、クリスティアーノ・ロナウドと共にメンフィス・デパイも選ばれた。

6、バルセロナの象徴する人たちとの繋がり

メンフィスはバルサに関与していた多く監督らの下でプレーしてきた。

フィリップ・コクー(PSV:2012、2013ー2015)

ファン・ハール(マンチェスターU:2015ー17)

ロナルド・クーマン(オランダ代表:2018ー20)

フランク・デ・ボエル(オランダ代表:2020ー現在)

7、これまでの背番号

デビュー時とPSVでの最初の数年は「22」でその後、「7」を着用。マンチェスターUでも同じ数字を着用した。リヨンには「9」で入団し、その後、「11」、最後に「10」を着た。

8、あちこち移動した選手

フィリッペ・コウチーニョとブライトバイテに並び、同選手はアスルグラナの中でもっとも多くのヨーロッパのリーグでプレーした選手となる。3人全員がヨーロッパ内の4つのリーグでプレーした。

9、タトゥー愛好家

メンフィス・デパイは体に多くのタトゥーを刻んでいる。背中には虎の顔と15歳の時に旅立ち、2014年W杯でゴールを決め、それを捧げた祖母の顔が刻まれている。

10、アスルグラナに染まっている祝い方

昨年2020年8月17日にメンフィス・デパイは息子の誕生日をインスタグラムを通して祝っていた。その時、息子は、、もうすでにバルサのユニフォームを着ていたようです!

Força Barça

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※記事写真引用元:ムンド・デポルティーボ

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