バルサ加入!?ワイナルドゥム(30歳)のこれまでの『キャリア』
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ワイナルドゥム、バルサの死刑執行人であり、クーマンの下ではコンスタントなゴールゲッター、そして、これまで多くの名将の下でプレーしてきた選手


引用元:ムンド・デポルティーボ紙

Wijnaldum, verdugo del Barça y constante goleador con Koeman


ユーティリティプレーヤーの同MF(30歳)は素晴らしいゴール前への飛び出し持ち、名高い監督の下でプレーしてきた選手

2019年のリバプールの4ー0の得点者であり、経験豊富で高いインテンシティを持つ、そして移籍金0円での補強が可能

経験、インテンシティ、ゴール、そして移籍金0。ジョルジニオ・ワイナルドゥムFCバルセロナのスポーツ部門が必要としている要素を合わせ持っており、ジョアン・ラポルタからの賞賛を受け、チームを強化するための即戦力として来シーズンに向けた補強候補だ。30歳のオランダ人MFは先週の日曜日にアンフィールドで約1万人のリバプールファンに見守られるなか、別れを告げた。恐らく彼のキャリアの中でも最高の瞬間は、後半からプレーし、2ゴールをマークした2018ー19シーズンチャンピオンズリーグ準決勝セカンドレグのバルサ戦(4ー0)だろう。彼の特徴である飛び出しを披露し、エルネスト・バルベルデのチームがよろめている間に「レッズ」の2点目と3点目を決めた。その時まだピッチに立って11分しか経っていなかった。

プレミアリーグでの初シーズンで苦戦を強いられたユルゲン・クロップは彼を補強することを求めた。2015ー16シーズン、ニューカッスル(序盤ラファエル・ベニテス監督、その後、ステーブ・マックラーレン監督が指揮)に在籍し、11ゴールをマーク、その内の1ゴールをリバプール相手に決めていた同選手を3000万ユーロを支払いアンフィールドに呼んだ。追加で1000万ユーロを前所属クラブのPSVにも支払った。エイントホーフェンではエールディビジのチャンピオンとなり、その次のシーズンのブラジルW杯では準決勝まで進んだ。ファン・ハール監督が指揮するオランダ代表チームで全試合に出場し、ブラジルとの3位決定戦でゴールも決めた。

エルウィン・クーマンの下、17歳の時にフェイエノールトでデビュー

ワイナルドゥムはその他にも、ベルト・ファン・マルワイク(フェイエノールト2007−08)、ディック・アドフォカート(PSV2012−13)、そして、フィリップ・コクー(PSV2011ー12、2013ー15)といった名高い監督の指揮の下でプレーした。偶然にも、17歳の同選手をフェイエノールトでデビューさせたエルウィン・クーマンは、ロナルド・クーマンと兄弟だ。ファン・マルワイクは2011年9月2日のサン・マウロ戦で代表デビューをさせてくれた指揮官だ。同選手は、その後もファン・ハール、ヒディング、ダニー・ブリント、アドフォカート、ロナルド・クーマン、ドワイト・ローデヴェーヘス、そして現監督のフランク・デ・ブールの下でも常にオレンジ軍団に招集されている。

これまでの所属クラブで合計116ゴール、その内の29ゴールがヘディング

ウェンブリーのヒーロー(クーマン)にとって彼を先発起用するのは重要なことだった。指揮を取った20試合で17試合に先発起用している。そしてワイナルドゥムは4−2−3−1のシステムのライン間、MFのフレンキー・デ・ヨングとFWデパイの間でプレーし、10ゴール3アシストと期待に応えた。才能よりもフィジカルの長けたMFというレッテルを貼られ、175センチの身長でもオランダサッカーで調子を崩すことはなかった。強力なロングシュートもそうだが、彼の力強いジャンプと本能的な動きは所属クラブでの通算ゴール数の116ゴールの内、29ゴールのヘディングゴールを生み出した。その他は、ほとんどは利き足の右で決めており、左足では7ゴールのみとなっている。

クロップの下でも最後の最後まで先発としてプレーしている。今シーズン限りでリバプールと契約満了になると知っているにも関わらず、プレミア34試合に先発出場し、4試合に途中出場している。左のインテリオールで自由度高くプレーし、フィルミーノと共にエリア内まで飛び出し、「9番」のようにポストプレーもした。ヘンダーソン不在はボランチでもプレーし、ファビーニョとコンビを組み、ダブルボランチとして4−2−3−1のシステムでも数試合プレーした。

フットボールよりも体操を好んでいた

PSVに所属していた最初の頃、左右のウイングでもプレーし、ユーティリティー性もあり、プレー感覚も優れている。しかし幼い頃はフットボールに本気ではなく、体操選手や曲芸師になると思われていたが、けれど、甥っ子に誘いもあり、スパルタ・ロッテルダムでフットボールすることを決めた。両親が離婚し、「ボアテング」から苗字を母方の「ジョルジニオ」に変えて以降、おばあちゃんと一緒にロッテルダムに長い期間住んだ。デパイの交渉が保留になる中、キャリア絶頂期を迎えているワイナルドゥムは、バルサのユニフォームに袖を通す、21人目のオランダ人となるかもしれない。

Força Barça

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※記事写真引用元:ムンド・デポルティーボ

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