「選手」よりも、まずは「指導者」が競うべき

どうも、管理人のヨンです。

 

突然ですが、今日は「日本や韓国の指導者を見て感じること」をここでぶちまけたいと思います。

自分はこれまでバルセロナに住みながら、選手だけではなく、多くの指導者も見てきました。

そしてその中で、自分なりに「見る目」を養って来たつもりです。

そして気がついたことは、「すごいなこの人」と思う指導者より、「別にやな」と思う指導者の方が多いということです

 

しかしそんな中でも、「すごいなこの人」って思った指導者が共通してもっているものが2つあります。

 

ひとつは「カリスマ性」、そしてもうひとつは「自分にしかない強み」です。

 

一つ目の「カリスマ性」に関しては、その人の天性の素質からくるリーダーシップや魅力なので、正直、学んだり練習たりしてどうこうなるものではありません。シンプルすぎる見解かもしれませんが、僕にとってはそれが全てです。

 

二つ目の「自分にしかない強み」というのは意識次第で身につけることができるので、僕としてはこちらの方が重要です。

もっと上のレベルに行くために、あるいは今いるチームで生き残るために、アピールできる「自分にしかない強み」いわゆる「武器」を持っているのかどうか。そして、それをベースに自分のスタイルを構築しているのかどうかです。

指導者も選手と同じように、追い抜かれる危機感と、這い上がって何かを勝ち取ろうという野心が必ず必要だと僕は思います。

今率いているチームのことも重要ですが、その先に「自分が結果を出して、上のやつらを追い抜いて出世してやる!」という野心が、その指導者を更に成長させるモチベーションになるはずです。

スペインで見てきた良い指導者からは、「自分の強みを貫いて、周りの指導者と競い、勝ち、ステップアップする。」という野心が伝わってきます。

それに引き換え、日本や韓国の指導者はどうでしょうか?

自分の強みを持ち、それを貫いているのか?

這い上がろうという野心はあるのか?

生き残らなければならないという危機感はあるのか?

ほとんどの指導者がそうではないと思います。そしてそれを環境のせいにもできるかもしれませんが、極端な話、這い上がって大舞台に立てば、見ている人は見ています。

それは選手らと同じこと。

指導者たちが切磋琢磨し、競争力が高まることが、日韓、そしてアジアサッカーのレベルアップに繋がると思います。

 

以上、最近感じたことでした。

 

最後まで読んでいただきありがとうございました。

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